午前5時半の不幸と午前7時の幸い

先日いつものように4時半に起き朝食を済ませ出勤のため駅まで自転車で行きました。
毎日のようにこのパターンで2年を過ごしてきたので慣れたもので時間配分もほぼ完ぺきに計算済みですが、早朝だということもあり、いつもギリギリセーフで出勤のスリットをしています。
その日もいつものように電車にのって仕事に間に合うはずだったのですが…。
朝5時半、自転車置き場に自転車を置いて駅へと進むと突然左足に違和感を感じたのです。
それと同時にタップダンスのようなリズムというか、馬が走るときのパカパカっという音が聞こえるのです。
何かがおかしいと気づき足元を見ると、靴がぱっかり二枚に割れているのです。
修理はまず不可能だし、このまま仕事に行くのも無理だし、数秒迷った末、ダッシュで帰宅し靴をはきかえ職場に向かいました。
もちろんいつもの電車には間に合わず遅刻は間違いなしと思ったのですが職場に電話をいれても誰も電話に出てくれません。
スリットの機械まで走り続けたのが報われ出勤時間7時一分前にスリット成功。
しかし我慢していたトイレに行ってから同僚の前に顔を出したので遅刻だと注意されるものと思ったのですが、誰一人私が数分遅れて仕事を始めたことに気付いた同僚はいなかったのです。

一番好きだった先生は小学校の体罰教師です。

私が小学校5~6年の時の担任教師、本当によく平手打ちをくらいました。
でも、恨む気持ちは微塵もありません。
本気で生徒と向き合ってくれた尊敬すべき先生だったと思います。

今ではあり得ない体罰教師なのでしょうが、先生の体罰は生徒を危険から守るため、生徒に人の心の痛みを教えるためのものでした。
その先生が一度だけ涙を見せたことがあります。
その涙は平手打ちの何十倍も、何百倍も子供心に響きました。

遅刻したから平手打ち、宿題を忘れたから平手打ち、試合に負けたから平手打ち、そんな先生も沢山いましたが、私に言わせればただの暴力教師です。
そんな先生は大嫌いでしたし、尊敬どころか軽蔑していました。
彼らが涙を見せたところで、響くものは何もなかったでしょう。
きっと、子供なりに体罰と暴力の違いを体で感じ分けていたのでしょうね。

今の教育現場は首をかしげることが多すぎます。
言葉が適当かは分かりませんが、保護者の顔色をうかがい、教師を締め付け、子供は野放し。
そんな風に感じている人も少なくないと思います。